【理想の家づくりvol.004】 〜裸貸しという大阪の話〜

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スケルトン&インフィルを考える(3)

裸貸しという大阪の話

〜昔のスケルトン&インフィル〜


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大阪では戦前まで町家を裸で貸すという方法がとられていました。裸とは構造体の部分だけで貸すという意味で、中の畳や建具、格子などは街の中にある内装屋に住み手が買いに行ったと言います。この仕組みができたのは江戸時代、大阪では店子が9割という時代で、いかに簡単に内装を行い、しかも自分の好みで自由に内装ができる仕組みが存在したのです。驚く事に、他の地域では家と一体になっている「かまど」までもが買う事が出来たと言います。その内装屋では新品、中古品を同時に扱い、お金に余裕がある人は、新品を、そうでない人は中古品を、しかも、何度も使った物はさらに安く買う事が出来たといいます。住み手は引っ越すときも持っていってもいいですし、また売る事もできたのです。つまり内装だけが市場に流通していたのです。まさに現代でいう構造体=スケルトン、内装=インフィルという2つの部分にわけて家を考えるという仕組みがすでに実現されていたのです。
しかし、これは関西にだけ流行したもの、江戸では出来ませんでした。というのも関西は「京間」といって柱と柱の間を決めて建築をつくりました。一方、江戸では柱の芯と柱の芯の間を決めて建築をつくったのです。ですので関西では畳の寸法や建具の寸法が、どの家も同じ寸法でつくることができたのです。そこで内装屋は、あらかじめこの寸法のものを生産することが出来た訳です。なんという合理的な仕組みでしょうか。
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現代で言う「スケルトン、インフィル」という仕組みは1970年代にオランダの学者が提唱した仕組みです。一般的に家の構造体と内装、特に風呂やキッチンといった住宅設備をあらかじめ組み込むのでなくて、家の供給の仕組みをまさにこの大阪の街の仕組みのように、あとから住み手が自由に組み替えられるようにするべきだという考え方でした。こうすることで建物のメンテナンス性をよくしたり、子供が出来たり、独立したりと家族の形が変わったときに簡単に仕切りを変えたりと出来るようにするべきだと考えたのです。日本でも随分と議論が続きながらも、賃貸住宅では、状況が変われば家を住み替え、持ち家では、建て替えてしまうという文化が定着してしまいました。特に戦後の日本の住宅は耐用年数が20年以下という時代が続き、ひとつの家を長く使い続けるということがなされて来ませんでした。

img_132479_1281154_0古い物の良さが見直されるような時代になって、特に京都の町家は昔の景観にもどそうとする活動も行われていますが、運良く関西ではこうした寸法体系を同じにしてつくっていた事で、どこかの家の解体したときの材料がいまだに使うことができるのです。それには昔のパーツをそのまま装着することができる「京間」の秘密があるのです。
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現代では柱の芯と柱の芯を基準とする作り方にかわってしまいましたが、この京間の仕組みが残っていたならとも思います。そして持ち家だけでなく賃貸の家でも自由に自分の好みで間取りを変えたり、内装を変えたりという仕組みができればとも思うのです。

みなさんはどのように思いますか。