「夜景が見える家が欲しい」という施主、Tさんの要望を受けて、住まい設計工房の社長、蘇理裕司さんは土地探しにも付き合い、2年の月日をかけていくつもの物件をともにチェックしてきました。「この土地を見たときにすぐプランがイメージできました」と蘇理さん。高台にある敷地から南西方向に広がる市街地の景観を楽しむため、リビングは2階に。斜面の自然林に妨げられることなく、視界を確保しました。リビングでは南と西の2方向に対して床から天井までのフィクス窓をL字型に連続させ、ワイドな眺めを取り込んでいます。ガラスの存在を感じさせないように、床と天井にアングルとチャンネルを埋め込み、景色以外のモノが目に入らないように仕上げました。西日から開口部を守るために庇も西側に1820mm、南側に910mm張り出し、コーナー部には構造を支える柱を配置。柱を外に出すことで室内からの視界をすっきりと整理しました。
この家をつくるにあたって、Tさんと蘇理さんは何度となく打ち合わせを重ねて、意思疎通を図ったと言います。 「とにかく眺めを最優先しよう、と。一方で、当然、住宅としての機能性、快適性も備えさせなければいけない。その両方のバランスを取ることを心がけました」と蘇理さん。 蘇理さんの住宅設計の基本はパッシブデザイン。敷地における太陽の南中高度について、夏至と冬至それぞれにチェックして、開口部の配置や大きさ、そこに架ける庇の出を計画していきました。
「リビングの大開口をセットバックしようというのも当初からの発想ですね。庇を支える柱を外に出せば、ガラス面の連続性も実現できる。構造設計の担当者にもそんな意図を説明しました」。
大きく開いた斜面側とは対照的に、道路側の外観はスリット窓のみの落ち着いた雰囲気に。外壁は漆喰でマットな質感に仕上げ、箱形のオブジェのようなたたずまいとなりました。
玄関に入ると印象的なのが、ホールに張り出すように設けられた地窓です。足元に光を取り込むことで、片持ち階段の浮遊感を強調し、空間にアクセントをもたらすことに。
2階は一転して、白い内装に光が広がります。床のタイルがまばゆく自然光を反射し、EP塗装の壁と天井が穏やかに明るさを受け止めて、心地よい雰囲気に。 壁は、幅木を付ける代わりに下端にアングルを入れ、床から10mmほど浮くように施工しています。
「白一面の部屋なので、圧迫感が生まれないように軽さを加えたかった」と蘇理さん。リビングから開口部に向かうと、床と天井が外の軒天やバルコニーと連続するように見え、景観に室内がとけ込むかのような思いさえします。 「実は、バルコニーは雨仕舞いのため、室内の床より120mm低くなっています。そこへデッキ材を重ね、室内と同じタイルで仕上げることで、床の高さが揃うように調節しています。またロールスクリーンも天井埋め込みにして存在感を消しました」と蘇理さん。ステンレスのアイランドキッチンもさりげなく設置。白い内装とのバランスを考慮したダークブラウンの収納棚は、家具作家に依頼して造作したものです。室内の照明器具もTさんと打ち合わせして、要所に配置。夜には明かりを消して、夜景の光だけでくつろぐこともできます。昼間の開放感とはまた趣の異なる非現実的な空間に。Tさんが1年がかりで見つけたお気に入りのソファも置かれました。
「バーのような落ち着きのある部屋にしたい」というTさんのイメージを反映した空間に仕上がっています。屋上に出られる開口部と屋根の上で座れる星見台も用意。高台ならではの360度見回せる場所に。光と陰影を楽しむ1階、眺めとインテリアに浸る2階、開放感を満喫できる屋上、とそれぞれ違った喜びを感じられる住まいとなりました。