SE構法の介護施設の事例紹介「看護小規模多機能型居宅介護ナースの森」
環境に優しく耐震性や断熱性にも優れる木造建築が介護施設に求められています。
本格的な高齢化社会を迎えて施設ニーズの増加が見込まれるなかで、さまざまなメリットを持つ木造建築は介護施設に最適と言えます。
高品質で低コスト、短工期が求められる介護施設を、確実に設計・施工するために有効な工法が「システム化された木造」であるSE構法です。
このコラムでは木造の構造躯体にSE構法を採用した介護施設の事例紹介をしながら、意匠計画やSE構法の構造設計等のポイントについてお伝えします。
<このコラムでわかること>
・介護施設を大規模木造(SE構法)で実現する時代
・SE構法の介護施設「看護小規模多機能型居宅介護ナースの森」の概要
・SE構法の介護施設「看護小規模多機能型居宅介護ナースの森」の意匠設計
・SE構法の介護施設「看護小規模多機能型居宅介護ナースの森」の構造設計
・介護施設に木造が適している理由
・SE構法が介護施設に適している理由
・大規模木造として介護施設をSE構法で実現するポイント
・まとめ
介護施設を大規模木造(SE構法)で実現する時代
発注者のSDGsや脱炭素社会、カーボンニュートラルに貢献できる建築を作りたいという意向が強まっており、非住宅建築に木造(SE構法)が採用される事例が増えています。
関連記事:木造化が必須な時代に!発注者向け大規模木造のメリット解説
介護施設においては、SE構法の構造スペックをうまく活用することで、木造では実現が難しい大空間や大開口がある建築を実現することができます。
介護施設は鉄骨造で計画されることが多かった用途の建築ですが、木造で計画することでコストを抑えつつ、温かみを感じる建築を実現することができます。
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SE構法の介護施設「看護小規模多機能型居宅介護ナースの森」の概要
「看護小規模多機能型居宅介護 ナースの森」は、株式会社訪問看護ステーション・ナースの森が静岡県伊東市内に建てた在宅生活支援施設です。
看護小規模多機能型居宅介護(略称「かんたき」)とは、「訪問看護・リハビリ」と、「通い(デイサービス)」「泊まり(ショートステイ)」「訪問介護」を一体化したサービスです。
厚生労働省が提唱する地域包括ケアシステムの中核を担うサービスとして期待されています。
看護小規模多機能型居宅介護は、医療依存度の高い人や退院直後で状態が不安定な人、在宅での看取り支援など、住み慣れた自宅での療養を支える介護保険サービスです。
主治医との連携のもと、医療処置も含めた多様なサービス(訪問看護、訪問介護、通い、泊まり)を24時間365日提供します。
利用者は登録制、事業所の定員は29名以下(通いが18名以下、宿泊が9名以下)と決められています。
定額制なので登録すれば上記のサービスを必要に応じて自由に使うことができます。
「看護小規模多機能型居宅介護 ナースの森」の設計・施工を担当したのはSE構法登録施工店である株式会社梅原建設様です。
<「看護小規模多機能型居宅介護ナースの森」の概要>
・用途:看護小規模多機能型居宅介護
・構造:木造(SE構法)
・階数:平屋建て
・延床面積:416.35㎡
SE構法の介護施設「看護小規模多機能型居宅介護ナースの森」の意匠設計
敷地は伊東市の中心部で、海岸沿いを走る国道135号線に近接し、東側には星野リゾートのホテルが、南側には旧東郷平八郎邸を改装した伊東東郷記念館が建つ場所です。
運営者自らが入りたいと思う施設づくりを目指し、仕切りのない、多様な居場所のある開放的な場が生まれた木造建築を実現しています。
運営者は今までの訪問看護の経験を通じて、施設利用者が毎日来たくなるような心地よい居場所をつくりたいと構想し、それが施設建築のコンセプトになっています。
施設の平面計画は、中央に位置する事務室、居間・食堂、中庭を、西側の浴室、南側と東側の個室群とバックヤードがコの字形に囲む構成になっています。
事務室越しに利用者の集う居間・食堂までが見通せます。壁のない開放的な共用部のつくり方が設計のポイントになっています。
この木造の介護施設には、地域に貢献する会社としてさまざまな設計のアイデアが盛り込まれています。
意匠設計のポイントは下記です。
・事務室はフリーアドレスで、隣接する相談室と畳コーナーにはどちらにも海に向かって開けられた開口部に沿って造付けのカウンターデスクを設けています。これらふたつの部屋は事務員が業務や打合せに使う場所としても想定されています。
・エントランスから中庭と、事務室越しに居間・食堂方向を見ることができます。開放的な空間構成により、見通しのよい施設となっています。
・畳コーナーには、海を望む丸窓と、手前には造付けのカウンターデスクが設けられています。足元は掘り込まれていて、腰かけて事務作業をすることができます。
・9室ある個室はすべてインテリアの仕上げを変えています。利用者が部屋を選ぶ楽しみを持てるようにとの配慮からです。
・デッキテラスは、雨の日でも利用者が外に出られるように、軒の出は2,000mm
取っています。コロナ禍ということで、デッキテラスも打合せ等に使われているそうです。
このような建築計画とすることで、利用者と職員の壁を取り払うことができることに加え、いろいろな場所で仕事ができるようにすることで、自然と利用者と職員の距離が近くなり、目も行き届きやすくなります。
利用者の日常と職員の日常が重なり合って織り込まれたような空間とサービス形態という運営者のヴィジョンが実現された、静かな時間の流れる心地よい居場所となっています。
関連記事:耐震構法SE構法のプランニングがうまくいく設計の考え方を徹底解説
SE構法の介護施設「看護小規模多機能型居宅介護ナースの森」の構造設計
SE構法の構造スペックをうまく活用すると、木造では実現が難しい大空間、大開口などを実現することができます。
SE構法であれば、介護施設で求められるスパンの大きい空間にも対応できますし、架構をシンプルにすることが可能です。
SE構法は、許容応力度計算に加えて偏心率のバランスを考慮した構造設計を行なっておりますので、外壁(耐力壁)の位置も意匠のデザインに合わせて決定することができます。
SE構法は、独自のSE金物を使用した断面欠損の少ない構造によって柱と梁とを接合し、優れた耐震性能を実現しています。
SE構法は表面にネジ切り加工を施した通常のボルトの約2倍の強さを持つSボルトを木材にねじ込み、高強度のSE金物との組み合わせにより、耐震性の高いラーメン構造を実現しています。
今回の介護施設におけるSE構法の構造設計の主なポイントは下記です。
1.SE構法で実現する木造の大空間
居間・食堂は9,100mm×8,190mmの無柱の大空間です。
上記写真の左奥はエントランスと事務室、その右に畳コーナーがあります。一部に勾配天井を用いて空間の広がりを演出しています。
建物の北側には海に向かってデッキテラスが広がり、南側には中庭が陽光を提供し、隣接する事務室との間にも壁がないため、視線の抜けと空間の広がりは、実際の寸法以上です。
介護施設として利便性や視認性を高めた計画となっています。
関連記事:耐震構法SE構法が「強くて、安い」のは構造フレームと耐力壁にワケがある
2.SE構法で実現する開放的なアプローチ
施設の入口となるアプローチは車寄せでもあるため、柱や壁などの少ない開放的な空間が求められます。
この施設では木造建築でありながら、5,005mmスパンのゆったりとしたアプローチを設けています。
3.SE構法で実現する開放感のある勾配天井
SE構法の登り梁で構成された勾配天井は、火打梁などのないすっきりした空間をつくることができます。
この施設のエントランス上部に設けられた勾配天井では、トップライトから陽光が降り注ぎます。
そして正面の中庭の明るさとアイストップの樹木が視線を誘導します。
介護施設に木造が適している理由
木造が介護施設に適している理由は下記です。
1.木造は減価償却期間が短い
減価償却資産の耐用年数ですが、福祉施設(鉄骨造29年、木造17年)となっており、木造の減価償却期間が鉄骨造より短く設定されており、建物を所有する事業者にとっては、年間の経費をより多く計上することができ、節税効果を得ることも可能です。
福祉施設ではライフサイクルコストも重要であり、計画から解体工事までをトータルで考える必要があります。
木造の減価償却期間は、税法上の法定耐用年数をもとに設定されており、必ずしも実際の建物の寿命とイコールではありません。
現代の木造建築ではメンテナンスを適切に行うことで更に長期に使用することも可能です。
2.木造はSDGsや脱炭素社会、ESG投資に対応しやすい
SDGsの急激な浸透もあり、カーボンニュートラルな社会への転換は世界の共通課題です。
脱炭素社会実現のための課題解決に向けた取り組みが、これからの施設建設にも求められています。
脱炭素社会に向けて、施設の木造化・木質化は推進する要素の一つになります。
木造は建築時に炭素排出が少なく、木は炭素を固定し貯蔵する特性があるなど、「地球環境に優しい工法」として注目されています。
近年、「環境社会、企業統治の要素を考慮する(ESG投資)」が強く意識されるようになりました。
民間で建設する建築物で木造化、木質化を図ることは、こうした流れに沿うものとして評価されていくことが予想されます。
木造化・木質化には、地球温暖化防止と持続可能な森林経営の下支えという二重の意味を持ちます。
関連記事:大規模木造とSDGs・脱炭素・ESG投資の相性が良い理由
3.木造は建設コストが安い
木造は、鉄筋コンクリート造や鉄骨造の構造より建設コストが安く、事業者もしくはテナント契約者の双方にコストメリットが働く可能性もあります。
木造と鉄骨造で使用する建材を部材ごとに比較しても、規格寸法があるアルミサッシなど、ほとんどの建材が木造のほうが安くなります。
基礎の断面寸法が鉄骨造と比較してとても小さいことから、基礎工事の材料費、施工費、残土処分費なども大幅に軽減できます。
建物重量がとても軽くなることから、地盤改良コストも抑えることができます。
設計に関しては、木造のモジュールを意識した設計とすることで、材料の歩留まりがよくなり、施工手間が軽減されることで、結果として建設コストが安くなります。
関連記事:中大規模木造の建設費の概要とコストを抑えるポイント
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SE構法が介護施設に適している理由
SE構法が介護施設に適している理由は下記です。
1.工期が短いため事業に対応しやすい
介護施設の建設を実現するには、短工期に対応する必要があり、そのために最も適した工法が「木造」になります。
NCNが提供するSE構法は、一般に流通している構造用集成材を採用している工法のため、原則構造材発注後60日間で構造材を現場に搬入することが可能です。(特注材の有無や社会情勢等により変動がありますので計画時にお問合せください)
構造躯体の加工は全て提携するプレカット工場で加工後に現場に搬入しますので、工事着工から建て方まで短期間にスムーズに進められます。
関連記事:補助金事業には木造がベスト!木造がRC造やS造より工期短縮できる理由
2.耐火建築物・準耐火建築物に対応しやすい
木造で計画する際には、まず耐火要件を確認する必要があります。
木造は耐火建築物・準耐火建築物・その他建築物と要求される耐火性能によって、意匠性、コスト、工期等に大きく影響してきます。
計画の初期段階より、木造の耐火要件を押さえておくことによって、以後の計画をスムーズに進めることが可能です。
階数や規模により建築基準法で「耐火建築物」とすることが求められることがあります。
「木造耐火」の仕様を満たす必要がありますが、木造(SE構法)でも「耐火建築物」の対応は可能です。
関連記事:木造でも耐火建築物は可能!大規模木造における耐火建築物まとめ
関連記事:広がる木造準耐火の可能性!大規模木造における準耐火建築物まとめ
介護施設のように低層の建築は、計画内容を整理し、可能ならば準耐火建築物の仕様で設計することができると、耐火建築物と比較してコストパフォーマンスの高い木造建築が実現できます。
関連記事:木造の準耐火建築物の可能性が広がる!改正建築基準法の解説
3.木造建築は人や環境に優しい
木の温かみ、香りは人の気分を和らげてくれる沈静作用があります。
木はやすらぎと心地よさをもたらしてくれる優しい材料です。
教育施設の調査において木材利用は、子ども達のストレス緩和、集中力の向上、インフルエンザや怪我の抑制効果などの報告があり、木造の建物は健康にも優しい建築物です。
関連記事:中大規模木造は人や環境に優しい理由
大規模木造として介護施設をSE構法で実現するポイント
介護施設をSE構法で計画する場合のポイントは下記です。
1.低層建築における木造の優位性
木造の持つ規格化、標準化された設計・施工技術は、多様な建物や空間を低コストで実現することができます。
特に、高品質で低コスト、短工期が求められる施設等を、確実に設計・施工するために有効な工法が「システム化された木造」であるSE構法です。
関連記事:「店舗、事務所、倉庫には鉄骨造より木造が「安い、早い、うまい」理由」
2.コストの優位性(鉄骨造と木造の比較)
構造で木造(SE構法)を選択することで、基礎や構造躯体のコストが安くなります。
外壁仕上げには住宅用サイディング、窓は住宅用アルミサッシなどを使うことで、建材費や施工費も抑えることができます。
関連記事:「中大規模木造の建設費の概要とコストを抑えるポイント」
3.木造でよりコストパフォーマンスを高める(木造の構法による比較)
大規模木造の計画において、木造建築を慣れていないと過大にコストや工期が膨らんでしまうことがあります。
それを避けるためには、構造躯体は一般用流通材を使うことを前提に構造計画を行うことが基本です。
関連記事:「中大規模木造でコストダウンできる構造計画、構造躯体の考え方」
4.木造に精通した構造設計者に依頼(SE構法は大規模木造に適している)
SE構法は単純に「剛性のある木質フレーム」というだけではなく、さまざまな利点を追求し、大規模木造で求められる大空間・大開口を可能にして、意匠設計者の創造性を活かせる設計の自由度を提供しています。
SE構法は剛性のある木質フレームに囲まれた耐力壁を併用することで、耐力壁の性能を最大限生かすことが可能となり、壁量を少なくできます。
SE構法は木造でも明確な構造計算に基づいているので、設計者は安心して意匠設計に集中できます。
関連記事:「中大規模木造に適した技術と自由があるSE構法の構造設計」
5.木造におけるワンストップサービス(SE構法は使い勝手が良い)
SE構法は「木造の構造設計」と「構造躯体材料のプレカット」そして施工というプロセスを合理化することでワンストップサービスとして実現した木造の工法です。
大規模木造建築では工法に関わらず、「木造の構造躯体の施工の担い手」を確保する必要があります。
SE構法であれば、構造躯体の施工だけをSE構法登録施工店に依頼する「建て方施工」という方法もありますので、施工会社選定の選択肢が大きく広がります。
関連記事:「SE構法はワンストップサービスが魅力!各プロセスごとに徹底解説」
まとめ
SDGs、脱炭素社会、ESG投資への対応が求められる時代になり、介護施設を木造で建設することは、自社の企業姿勢を訴求できることにつながります。
介護施設のような用途の建築においては、SE構法の構造躯体の強みを活かした構造設計により、コスト減、納期短縮、施工性向上を実現することができます。
SE構法は構造用集成材の中断面部材(柱は120mm角、梁は120mm幅)が標準なため、住宅と同等の部材寸法でスパン8m程度までの空間を構成できるコストパフォーマンスをうまく活用していただければと考えております。
スパンが10mを超える空間は、特注材やトラス、張弦梁などを活用することも可能です。
計画段階からNCNの特建事業部に相談することで、木造建築に関する知見をうまく利用していただき、ファーストプランの段階から構造計画を相談することで、合理的に設計実務を進めることが可能です。
集成材構法として実力・実績のある工法の一つが「耐震構法SE構法」です。
SE構法は「木造の構造設計」から「構造躯体材料のプレカット」に至るプロセスを合理化することでワンストップサービスとして実現した木造の工法です。
また構法を問わず、木造の構造設計から構造躯体材料のプレカットに至るスキームづくりに取り組む目的で「株式会社木構造デザイン」が設立されました。
構造設計事務所として、「⾮住宅⽊造専⾨の構造設計」、「構造設計と連動したプレカットCADデータの提供」をメイン事業とし、構造設計と⽣産設計を同時に提供することで、設計から加工までのワンストップサービスで木造建築物の普及に貢献する会社です。
株式会社エヌ・シー・エヌ、株式会社木構造デザインへのご相談は無料となっておりますので、お気軽にお問い合わせください。