SE構法の高齢者施設の事例紹介「有料老人ホーム和奏(かなで)」
環境に優しく、断熱性にも優れる木造建築が高齢者施設に求められています。
本格的な高齢化社会を迎えて施設ニーズの増加が見込まれるなかで、さまざまなメリットを持つ木造建築は高齢者施設に最適と言えます。
高品質で低コスト、短工期が求められる高齢者施設を、確実に設計・施工するために有効な工法が「システム化された木造」であるSE構法です。
このコラムでは木造の構造躯体にSE構法を採用した高齢者施設の事例紹介をしながら、意匠計画やSE構法の構造設計等のポイントについてお伝えします。
<このコラムでわかること>
・SE構法の高齢者施設「有料老人ホーム和奏」の概要
・SE構法の高齢者施設「有料老人ホーム和奏」の意匠設計
・SE構法の高齢者施設「有料老人ホーム和奏」の構造設計
・SE構法による高齢者施設のメリット:準耐火建築物なら燃えしろ設計が可能
・大規模木造で高齢者施設を実現するための建築基準法や関連規定
・SE構法が有料老人ホームなどの高齢者施設に適している理由
・大規模木造として高齢者施設をSE構法で実現するポイント
・まとめ
SE構法の高齢者施設「有料老人ホーム和奏」の概要
SE構法の高齢者施設「有料老人ホーム和奏(かなで)」は、大分県中津市に建つ有料老人ホームです。
デイサービスセンターも併設されており、「株式会社恵の会」様により運営されている施設です。
本施設は、要介護度1以上で常時医療を必要としない高齢者が入居できる、民間の福祉施設です。
運営する恵の会グループは、有料老人ホームとサービス付き高齢者向け住宅を複数経営している法人で、同グループの施設に木造を採用するのは本施設が初となりました。
<「有料老人ホーム和奏(かなで)」の概要>
・用途:有料老人ホーム・デイサービス
・構造:木造(SE構法)
・階数:2階建て
・準耐火建築物
・延床面積:2,192㎡
SE構法の高齢者施設「有料老人ホーム和奏」の意匠設計
「有料老人ホーム和奏(かなで)」では、入居者はトイレ・洗面付き個室で生活しながら、日中は併設されたデイサービスで機能訓練やレクリエーションに参加できます。
意匠設計のポイントは下記です。
・配置・平面計画は、なるべく多くの個室を、なるべくシンプルな導線で並べるため、建物は敷地の北側に寄せてL字形に配置しています。
・屋根形状を寄棟とした外観デザインです。
・現しの梁などから伝わる木の温もりが、入居者やその家族から好評を得ています。安全、清潔を重視する高齢者施設はどうしても無機質な印象になりがちですが、木造化・木質化により雰囲気を高めています。
・老人ホーム部分は、建物の中央部に食事・談話室や管理書室等の共用部を配置して、東西のそれぞれの個室群にアプローチする計画となっています。入居者、職員の移動距離に配慮した動線計画となっています。
・デイサービス部分は、採光条件の良い南側のデイサービスを中心に、北側に相談室や静養室、水廻り、西側に浴室や脱衣室を設置して、機能的な平面計画となっています。
・要となる角の部分にスタッフが使う部屋をまとめており、ここから建物の両翼に見通しが効くので、スタッフにとって利用者を見守りやすい空間構成になっています。
SE構法の高齢者施設「有料老人ホーム和奏」の構造設計
SE構法の構造スペックをうまく活用すると、木造では実現が難しい大空間、大開口などを実現することができます。
SE構法であれば、施設建築で求められるスパンの大きい空間にも対応できますし、架構をシンプルにすることが可能です。
SE構法は、許容応力度計算に加えて偏心率のバランスを考慮した構造設計を行なっておりますので、外壁(耐力壁)の位置も意匠のデザインに合わせて決定することができます。
SE構法は、独自のSE金物を使用した断面欠損の少ない構造によって柱と梁とを接合し、優れた耐震性能を実現しています。
SE構法は表面にネジ切り加工を施した通常のボルトの約2倍の強さを持つSボルトを木材にねじ込み、高強度のSE金物との組み合わせにより、耐震性の高いラーメン構造を実現しています。
関連記事:SE構法による高齢者施設の事例まとめ
今回の高齢者施設におけるSE構法の構造設計の主なポイントは下記です。
1.大規模木造の大部分を一般用流通材(標準材)で実現
本計画は、延床面積が2,000m2を超える大規模木造建築です。
大規模木造=大スパンというイメージもありますが、建物の用途によっては大スパンな部分は限定的です。
この高齢者施設においても、構造躯体の大部分を一般用流通材(標準材)で実現しています。
高齢者施設のような木造建築では、適切なスパン設定により、構造躯体を一般用流通材(標準材)で構成することも可能です。
一般用流通材は住宅等で多く使われており、コストも安く納期もあまり必要としないなどのメリットがあります。
施設の用途や規模により大空間が求められる部分がある場合のみ、構造材に大断面の特注材を用いることがポイントです。
そうすることで、コストアップや納期を必要最小限に抑えることができます。
関連記事:低層の中大規模木造は住宅用の一般流通材を使うと鉄骨造より安くなる理由
2.SE構法の標準ディテールで実現した無柱の大空間
この高齢者施設のデイサービス部分は、24,300mm×7,850mmの矩形平面の大空間です。
このデイサービスの大空間を実現するため、短辺方向の耐力壁は北側の個室エリアに集中して確保し、デイサービス部分に柱や壁を設置しない構造設計となっています。
長方形の平面形状において、水平方向の連続性と高い耐震性を両立させています。
SE構法の構造計算は、立体フレームモデル(接合部にバネがあるモデル)で立体解析を行っており、床や屋根の水平構面は変形する前提で解析しています。
また、接合部や層間変形角の確認など高度な構造特性を活かした構造設計をおこなっています。
SE構法の魅力の一つに大規模木造の構造躯体を「強くて、安く」提供できることにあります。
設計から施工までのシステム化された仕組みに加えて、構造用集成材の一般流通材をベースとした構造材と専用のSE金物による合理的な構造フレームと耐力壁の併用がその理由です。
関連記事:耐震構法SE構法は全棟で立体解析による構造計算を実施
3.SE構法は幅600mmの耐力壁が可能
高齢者施設は個室が多いため、建物の外周部は規則的な柱配置となります。
SE構法は「柱勝ち」の構造ディテールのため、主柱と主柱の間に梁が掛かるかたちになりますので構造材スパンを抑えることにつながり、結果としてコストパフォーマンスが向上します。
SE構法は剛性のある木質フレームに囲まれた耐力壁を併用することで、耐力壁の性能を最大限生かすことが可能となり、壁量を少なくできます。
耐力壁の最小寸法は幅600mm(柱の芯々寸法)です。
SE構法は構造架構(構造フレーム)は独自の接合金物によって高い性能を発揮します。
その構造フレームと併用可能な耐力壁(合板の厚みや釘ピッチを変えることで調整)の強度を調整することにより、大空間や大開口を実現します。
SE構法は構造上必要な耐力壁を、適切な構造設計により、意匠設計に合わせて配置することが可能です。
耐力壁は、合板の厚みや釘ピッチによる剛性の違う壁のバリエーションをつくることで、均等でない壁の配置であっても構造上バランスの取りつつ、設計の自由度の高い木造建築を実現します。
関連記事:耐震構法SE構法が「強くて、安い」のは構造フレームと耐力壁にワケがある
SE構法の高齢者施設のメリット:準耐火建築物なら燃えしろ設計が可能
この高齢者施設では、室内に梁を現しとした空間があります。
これは「燃えしろ設計」によるものです。
燃えしろ設計とは、木製の柱・梁について、火災時に燃えるであろう厚みをあらかじめ構造上必要な断面に付加する手法です。こ
れは燃え進み方が緩慢な木造の性質を工学的に評価したもので、木材による木材の耐火被覆のイメージです。
準耐火建築物であれば、燃えしろ設計により木造の構造体を現しにすることができます。
SE構法では独自の計算方法により「梁幅を変えずに梁せいを上げるだけ」の燃えしろ設計が可能ですので、特注材などを用いることなく構造材コストの上昇は最小限に抑えられることも大きなメリットです。
関連記事:準耐火建築物であれば「燃え代設計」により木造の構造体を現しにできる
大規模木造で高齢者施設を実現するための建築基準法や関連規定
大規模木造で高齢者施設を実現するために知っておきたい建築基準法や関連規定は下記です。
<建築基準法のポイント>
建築基準法の規定の多くは階数、高さ、床面積などの「規模」や、建築物の「用途」によって決まります。
床面積が大きくなればなるほど、防火地域や準防火地域ではより耐火性能の高い建築物にする必要が生じます。
<高齢者施設を計画するための関連法規>
高齢者施設の多くは、建築基準法27条による特殊建築物です。
高齢者施設を計画する際に注意すべきことは、建築基準法以外に定められる各施設ごとの設置基準によって規定されている項目を遵守することです。
高齢者施設は、運営主体、目的や入居条件によりさまざまな種類があります。
その各施設ごとに設置基準等の規定が異なります。
<準耐火建築物>
大規模木造は、規模や建築基準法、各種基準により、耐火建築物や準耐火建築物の仕様が求められることが多くなります。
木造は準耐火建築物であれば、建築基準法改正による優遇や、耐火建築物と比較してコストパフォーマンスが向上するなどのメリットが大きくなります。
関連記事:広がる木造準耐火の可能性!大規模木造における準耐火建築物まとめ
<高齢者施設を計画するための関連法規>
高齢者施設は、運営主体、目的や入居条件によりさまざまな種類があります。
大きく分けると「介護保険施設」と呼ばれ、地方自治体や社会福祉法人が運営する「公的施設」と民間事業者が運営している「民間施設」とがあり、役割に応じて細かく種類が分かれています。
<SDGsとESG投資の視点>
「持続可能な開発目標(SDGs)」への対応、「環境や社会、企業統治を重視する(ESG投資)」の拡大などを背景に、環境や社会への貢献度が企業価値を左右する時代が訪れています。
持続可能な木材利用を経営戦略に上手に取り組む企業が増えており、自社の事業用の建築物を木造で計画する企業も増えています。
関連記事:木造建築は「SDGs」や「ESG投資」でも企業価値を高められる理由
SE構法が有料老人ホームなどの高齢者施設に適している理由
SE構法が有料老人ホームなどの高齢者施設に適している理由は下記です。
1.工期が短いため補助金事業に対応しやすい
高齢者施設を補助金事業で実現するには、「年度内に竣工」するための短工期に対応する必要があり、そのために最も適した工法が「木造」になります。
NCNが提供するSE構法は、一般に流通している構造用集成材を採用している工法のため、原則構造材発注後45〜60日間で構造材を現場に搬入することが可能です。
構造躯体の加工も全て提携するプレカット工場で加工後に現場に搬入しますので、工事着工から建て方まで短期間にスムーズに進められます。
関連記事:補助金事業には木造がベスト!木造がRC造やS造より工期短縮できる理由
2.耐火建築物・準耐火建築物に対応しやすい
高齢者施設を木造で計画する際には、まず耐火要件を確認する必要があります。
木造は耐火建築物・準耐火建築物・その他建築物と要求される耐火性能によって、意匠性、コスト、工期等に大きく影響してきます。
計画の初期段階より、木造の耐火要件を押さえておくことによって、以後の計画をスムーズに進めることが可能です。
高齢者施設では、建築基準法や設計基準等により「耐火建築物」とすることが求められることがあります。
「木造耐火」の仕様を満たす必要がありますが、木造(SE構法)でも「耐火建築物」の対応は可能です。
関連記事:木造で耐火建築物を実現するために必須な大臣認定とは?
関連記事:木造の耐火建築物は「木を見せる」にこだわらず大臣認定工法や告示を使うべき理由
高齢者施設のように低層の建築は、計画内容を整理し、可能ならば準耐火建築物の仕様で設計することができると、耐火建築物と比較してコストパフォーマンスの高い木造建築が実現できます。
関連記事:木造の準耐火建築物の可能性が広がる!改正建築基準法の解説
3.木造建築は人や環境に優しい
木の温かみ、香りは人の気分を和らげてくれる沈静作用があります。木はやすらぎと心地よさをもたらしてくれる優しい材料です。
教育施設の調査において木材利用は、子ども達のストレス緩和、集中力の向上、インフルエンザや怪我の抑制効果などの報告があり、木造の建物は健康にも優しい建築物です。
関連記事:中大規模木造は人や環境に優しい理由
大規模木造として高齢者施設をSE構法で実現するポイント
高齢者施設を木造(SE構法)で計画する場合のポイントは下記です。
1.低層建築における木造の優位性
木造の持つ規格化、標準化された設計・施工技術は、多様な建物や空間を低コストで実現することができます。
特に、高品質で低コスト、短工期が求められる施設等を、確実に設計・施工するために有効な工法が「システム化された木造」であるSE構法です。
関連記事:「店舗、事務所、倉庫には鉄骨造より木造が「安い、早い、うまい」理由」
2.コストの優位性(鉄骨造と木造の比較)
構造で木造(SE構法)を選択することで、基礎や構造躯体のコストが安くなります。
外壁仕上げには住宅用サイディング、窓は住宅用アルミサッシなどを使うことで、建材費や施工費も抑えることができます。
関連記事:「中大規模木造の建設費の概要とコストを抑えるポイント」
3.木造でよりコストパフォーマンスを高める(木造の構法による比較)
大規模木造の計画において、木造建築を慣れていないと過大にコストや工期が膨らんでしまうことがあります。
それを避けるためには、構造躯体は一般用流通材を使うことを前提に構造計画を行うことが基本です。
関連記事:「中大規模木造でコストダウンできる構造計画、構造躯体の考え方」
4.木造に精通した構造設計者に依頼(SE構法は大規模木造に適している)
SE構法は単純に「剛性のある木質フレーム」というだけではなく、さまざまな利点を追求し、大規模木造で求められる大空間・大開口を可能にして、意匠設計者の創造性を活かせる設計の自由度を提供しています。
SE構法は剛性のある木質フレームに囲まれた耐力壁を併用することで、耐力壁の性能を最大限生かすことが可能となり、壁量を少なくできます。
SE構法は木造でも明確な構造計算に基づいているので、設計者は安心して意匠設計に集中できます。
関連記事:「中大規模木造に適した技術と自由があるSE構法の構造設計」
5.木造におけるワンストップサービス(SE構法は使い勝手が良い)
SE構法は「木造の構造設計」と「構造躯体材料のプレカット」そして施工というプロセスを合理化することでワンストップサービスとして実現した木造の工法です。
大規模木造建築では工法に関わらず、「木造の構造躯体の施工の担い手」を確保する必要があります。
SE構法であれば、構造躯体の施工だけをSE構法登録施工店に依頼する「建て方施工」という方法もありますので、施工会社選定の選択肢が大きく広がります。
関連記事:「SE構法はワンストップサービスが魅力!各プロセスごとに徹底解説」
まとめ
高齢者施設のような用途の建築においては、SE構法の構造躯体の強みを活かした構造設計により、コスト減、納期短縮、施工性向上を実現することができます。
SE構法は構造用集成材の中段面部材(柱は120mm角、梁は120mm幅)が標準なため、住宅と同等の部材寸法でスパン8m程度までの空間を構成できるコストパフォーマンスをうまく活用していただければと考えております。
スパンが10mを超える空間は、特注材やトラス、張弦梁などを活用することも可能です。
計画段階からNCNの特建事業部に相談することで、木造建築に関する知見をうまく利用していただき、ファーストプランの段階から構造計画を相談することで、合理的に設計実務を進めることが可能です。
集成材構法として実力・実績のある工法の一つが「耐震構法SE構法」です。
SE構法は「木造の構造設計」から「構造躯体材料のプレカット」に至るプロセスを合理化することでワンストップサービスとして実現した木造の工法です。
また構法を問わず、木造の構造設計から構造躯体材料のプレカットに至るスキームづくりに取り組む目的で「株式会社木構造デザイン」が設立されました。
構造設計事務所として、「⾮住宅⽊造専⾨の構造設計」、「構造設計と連動したプレカットCADデータの提供」をメイン事業とし、構造設計と⽣産設計を同時に提供することで、設計から加工までのワンストップサービスで木造建築物の普及に貢献する会社です。
株式会社エヌ・シー・エヌ、株式会社木構造デザインへのご相談は無料となっておりますので、お気軽にお問い合わせください。