SE構法の宿泊施設の事例紹介「YAWN YARD Kouri Island」
SDGsや脱炭素社会への取り組み、ESG投資の視点からも木造建築は注目されています。
観光立国を目指す国の方針もあり、日本の観光業は更なる活性化が期待されています。
多様化する旅行のスタイルによって、新しいタイプの宿泊施設が求められています。
沖縄県古宇利島に「YAWN YARD(ヨーン・ヤード) Kouri Island」が木造(SE構法)で建てられました。
「YAWN YARD Kouri Island」は、那覇空港から車で約90分の立地にあります。
この施設は「泊まれる庭」をコンセプトに、地域の気候風土や生活美学を活かした独自の宿泊体験を提供しています。
全8室のヴィラタイプの客室は、海側の「sea」エリアに5室、丘側の「hill」エリアに3室が配置され、それぞれのランドスケープを活かした半屋外のプライベート空間を備えています。
各客室には大きな屋根の下に2つの居室があり、家族連れでも快適に過ごせる設計となっています。
食事は、地元の旬の食材を活かした沖縄の家庭料理が提供され、客室の屋外ダイニングテラスで海を眺めながら楽しむことができます。
宿泊施設は地域で求められる施設でもあり、多くの人が集う空間でもありますので、愛着を感じやすい木造建築は適していると言えます。
特に、高品質で低コスト、短工期が求められる宿泊施設を、確実に設計・施工するために有効な工法が「システム化された木造」であるSE構法です。
このコラムでは木造の構造躯体にSE構法を採用した宿泊施設の事例紹介をしながら、意匠計画やSE構法の構造設計等のポイントについてお伝えします。
<このコラムでわかること>
・SE構法の宿泊施設「YAWN YARD Kouri Island」の概要
・SE構法の宿泊施設「YAWN YARD Kouri Island」の意匠設計の特徴
・SE構法の宿泊施設「YAWN YARD Kouri Island」の構造設計の特徴
・宿泊施設の工法として木造が注目される理由
・大規模木造に適したSE構法が耐震性が高い理由
・大規模木造として宿泊施設をSE構法で実現するポイント
・まとめ
SE構法の宿泊施設「YAWN YARD Kouri Island」の概要
古宇利島は今帰仁村の北東に位置する直径1kmほどの島で、古宇利大橋が完成し、沖縄本島から自動車でアクセスできるようになったため、近年はリゾート施設が増えています。
その古宇利島に、株式会社カシワバラ・ハンズが運営するリゾートホテル「YAWN YARD Kouri Island」が開業しました。
関連ページ:「YAWN YARD Kouri Island」
インバウンド需要を受けてグループ会社の所有物件を活用し民泊事業を始めたことをきっかけに、新たに宿泊施設の企画・開発・運営の事業化を目指してプロジェクトチームを立ち上げ、「YAWN YARD KouriIsland」の開業を機にカシワバラ・ハンズとして分社化、旅を「観光=移動」ではなく「滞在=暮らし」と位置付け、美しい自然や優れた文化に恵まれた地域で過ごす豊かな時間を提供するホテル事業をスタートされました。
現在、「THE OAK」という古民家をリノベーションしたホテルと、「YAWN YARD」という新設のホテルのふたつのブランドがあります。
特に「YAWN YARD」は「あくびの庭」を意味し、滞在型ホテルとして明快なコンセプトが設定されています。
「子どもも泊まれて家族で気兼ねなく滞在できるホテル」が、クライアントの願いです。
<「YAWN YARD Kouri Island」の概要>
・用途:ホテル
・構造:木造(SE構法)
・階数:平屋建て
・延床面積:「sea」622㎡ 「hill」333㎡
宿泊施設は、法27条による特殊建築物です。
旅館業法において宿泊施設の種別に応じて設置基準があり、客室の面積等の要件があります。
計画の規模に応じて、必要となる耐火性能も変わります。
建築基準法以外にも注意すべき規定などもあります。
宿泊施設における建築基準法の規定の詳細については下記の記事をご参照ください。
SE構法の宿泊施設「YAWN YARD Kouri Island」の意匠設計の特徴
敷地は島を一周する幹線道路に面していて、道路を挟んで2カ所に分かれています。
「YAWN YARD Kouri Island」は、海側の「sea」に5室、山側の「hill」に3室、計8室の小規模なホテルです。
意匠設計のポイントは主に下記です。
・ディスティネーションホテルとして沖縄らしいくつろぎ方のできる空間イメージを、かつての沖縄の家の佇まいに見いだし、木造平屋が生み出す開放的で温かみのある空間が、住まうように過ごすには重要だと考えられた設計です。
・道路に沿って細長く奥行の浅い敷地にどのようなかたちの建物をいかに配置してホテルの独自性を形成するかを検討した結果、SE構法で平面のすべて異なった客室を配置する計画となっています。
・ひとつの客室を2棟で構成し、その2棟の配置を操作することで間に挟まれた外部空間=テラスの形状に個別性が与えられた配置・平面計画になっており、不整形な敷地形状にも対応しています。
・眼前に広がる景観がこのホテルのいちばんの魅力であり、向きや形状の異なるテラスからの眺望はその客室固有のものとなり、客室選びも顧客にとっての楽しみとなっています。
・この客室を形成する2棟は、ひとつが主室と畳間を主とする棟(以下A棟)で、もうひとつが浴室と寝室を主とする棟(以下B棟)になっている構成です。
・各客室のエントランスはA棟にあり、長く取った廊下を少し歩いて主室に入ると、テラス越しに海への眺望が開けるというシークエンスが設計されています。
・主室の中央には琉球石灰岩の塊がシンク付きのカウンターとして据えられており、床はモルタル仕上げの土間で、ダイニングテーブルをセットしたテラスへと連続しています。
・B棟は寝室とテラスの間に前室を設けたタイプと、寝室が直接テラスに面するタイプの2種類が用意されています。
・客室でもっとも広く取られているのがテラスで、宿泊客にもっとも長い時間を過ごしてもらうための空間=外の居間となっています。
・テラスの先にはプールも設けられており、テラスでの夕食のためにオリジナルのポータブルライトもデザインされています。
・食事、調度品、室内を彩るアートにも沖縄在住のクリエーターに参加してもらい、沖縄の風土を全身で感じられる空間に仕立て上げられています。
関連記事:耐震構法SE構法のプランニングがうまくいく設計の考え方を徹底解説
SE構法の宿泊施設「YAWN YARD Kouri Island」の構造設計の特徴
SE構法の構造スペックをうまく活用すると、木造では実現が難しい大空間、大開口などを実現することができます。
SE構法であれば、架構をシンプルにすることも可能です。
SE構法は、許容応力度計算に加えて偏心率のバランスを考慮した構造設計を行なっておりますので、外壁(耐力壁)の位置も意匠のデザインに合わせて決定することができます。
SE構法は、独自のSE金物を使用した断面欠損の少ない構造によって柱と梁とを接合し、優れた耐震性能を実現しています。
SE構法は表面にネジ切り加工を施した通常のボルトの約2倍の強さを持つSボルトを木材にねじ込み、高強度のSE金物との組み合わせにより、耐震性の高いラーメン構造を実現しています。
施設としての機能面を充足させつつ、SE構法の基本的なモジュールを最大限活用して大きなスパンを架ける方法も提案できます。
今回の宿泊施設におけるSE構法の構造設計の主なポイントは下記です。
1.SE構法の設計の自由度
ラーメン構造では直交グリッドを用いた矩形ユニットが一般的ですが、そこに空間の変化をもたらす手法として、架構そのものに操作を加えるのではなく、矩形ユニットごとに配置の角度を変えて空間の多様性を実現しています。平面斜辺にも対応できるSE構法の設計の自由度を活かした構造設計です。
2.SE構法の特性を活かした屋根架構
屋根の架け方によって、内と外と中間領域という3層の空間のレイヤーも形成できる空間構成となっています。A棟とB棟は海に向かって「ハの字」に開くように配され、その2棟の間に棟梁を設けて、変形の切妻屋根を架けてひとつの客室を構成しています。
3.風圧力を考慮した構造設計
構造的に一体となった建物の間を風が抜けていくため、開口部回りは建具が受ける風圧を、テラスの棟柱は軒の吹き上げを考慮して構造計算を行い、150mm角の柱を用いています。
宿泊施設の工法として木造が注目される理由
日本は2050年のカーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)、2030年度までに2013年度比で46%削減する目標を打ち出しています。
森林は二酸化炭素を吸収し、森林からつくり出される木材は燃やさない限り炭素を貯蔵し続けます。
身近に木材がない環境で育つと、木に対する愛着や意識は生まれませんし、材料への関心は持てませんので、非住宅建築に木材を使う取り組みの意味は大きいです。
カーボンニュートラル実現の大きな目標に向かって取り組みを進めていくことが求められています。
関連記事:大規模木造とSDGs・脱炭素・ESG投資の相性が良い理由
このような流れの中、非住宅建築の工法として注目されているのが木造です。
宿泊施設を木造で計画した場合の主なメリットは下記です。
・コストが比較的安く、工期も短いため、事業計画が立てやすい
・施設規模があまり大きくない場合、地元の企業に建設を依頼することもできるため、地域経済にも貢献できる
・地域材など国産材を活用した木造建築を建てることができる
・郊外に建てる場合、法規制等が少ないため、木を現しにした表現が可能になる
・主に低層建築と相性が良い(屋根形状に合わせた開放的な空間も可能)
・SDGs、脱炭素、ESG投資等の視点から木造化・木質化が求められており、需要が高い
実際に宿泊施設を木造で計画される事例も増えています。
「ワイナリーステイ トラヴィーニュ」は、新潟県新潟市に位置するワイナリー=ワイン生産施設「カーブドッチ」内にオープンしたオーベルジュ=宿泊施設です。
関連記事:SE構法の宿泊施設の事例紹介「ワイナリーステイ トラヴィーニュ」
「SANU 2nd Home – 一宮1st」は、サーフィンのメッカである千葉県一宮町にSANUにおいて2つ目となる新たな建築モデル「SANU APARTMENT」が建設され、ベーカリーカフェなど商業施設を併設した初めての拠点です。
関連記事:SE構法の宿泊施設の事例紹介「SANU 2nd Home一宮1st」
大規模木造に適したSE構法が耐震性が高い理由
立体解析による構造計算を実施しているSE構法の場合、地面が同じように揺れても、建物の揺れ方は在来工法などと比較して小さく安定した動き方になると考えられます。
さらにSE構法では構造計算どおりの性能を発揮できるよう、接合部の技術や工場加工、施工管理まで一貫した供給システムにより、耐震性の向上を突き詰めています。
SE構法が地震に強い理由のポイントは下記です。
1.「立体解析」による構造計算
建築物の安定度を高めることで、建築物の地震応答(揺れ)が最小に抑えられます。
関連記事:耐震構法SE構法は全棟で立体解析による構造計算を実施
2.木質半剛接ラーメンフレーム+構造用面材の耐力壁
自由設計を実現しつつ、耐震性を確保できます。
関連記事:耐震構法SE構法が「強くて、安い」のは構造フレームと耐力壁にワケがある
3.基礎に直結する柱脚金物
柱のしなりを引き出し、木材の性能を十二分に引き出すことができます。
関連記事:耐震構法SE構法の柱脚や接合部が強い理由はSE金物とSボルト
4.剛強な床構面
厚さ28mmの構造用合板により、地震時に発生する荷重が建物全体に分散されます。
関連記事:耐震構法SE構法のプランニングがうまくいく設計の考え方を徹底解説
5.徹底した品質管理
構造計算から部材加工まで一貫したCADシステムにより高精度の加工を実現しています。SE構法登録施工店制度により施工水準を高く維持しています。
関連記事:【動画で解説】SE構法の工事監理のポイント(木工事:上棟)
大規模木造として宿泊施設をSE構法で実現するポイント
宿泊施設をSE構法で計画する場合のポイントは下記です。
1.低層建築における木造の優位性
木造の持つ規格化、標準化された設計・施工技術は、多様な建物や空間を低コストで実現することができます。特に、高品質で低コスト、短工期が求められる施設等を、確実に設計・施工するために有効な工法が「システム化された木造」であるSE構法です。
関連記事:「店舗、事務所、倉庫には鉄骨造より木造が「安い、早い、うまい」理由」
2.コストの優位性(鉄骨造と木造の比較)
構造で木造(SE構法)を選択することで、基礎や構造躯体のコストが安くなります。外壁仕上げには住宅用サイディング、窓は住宅用アルミサッシなどを使うことで、建材費や施工費も抑えることができます。
関連記事:「中大規模木造の建設費の概要とコストを抑えるポイント」
3.木造でよりコストパフォーマンスを高める(木造の構法による比較)
大規模木造の計画において、木造建築を慣れていないと過大にコストや工期が膨らんでしまうことがあります。それを避けるためには、構造躯体は一般用流通材を使うことを前提に構造計画を行うことが基本です。
関連記事:「中大規模木造でコストダウンできる構造計画、構造躯体の考え方」
4.木造に精通した構造設計者に依頼(SE構法は大規模木造に適している)
SE構法は単純に「剛性のある木質フレーム」というだけではなく、さまざまな利点を追求し、大規模木造で求められる大空間・大開口を可能にして、意匠設計者の創造性を活かせる設計の自由度を提供しています。SE構法は剛性のある木質フレームに囲まれた耐力壁を併用することで、耐力壁の性能を最大限生かすことが可能となり、壁量を少なくできます。SE構法は木造でも明確な構造計算に基づいているので、設計者は安心して意匠設計に集中できます。
関連記事:「中大規模木造に適した技術と自由があるSE構法の構造設計」
5.木造におけるワンストップサービス(SE構法は使い勝手が良い)
SE構法は「木造の構造設計」と「構造躯体材料のプレカット」そして施工というプロセスを合理化することでワンストップサービスとして実現した木造の工法です。大規模木造建築では工法に関わらず、「木造の構造躯体の施工の担い手」を確保する必要があります。SE構法であれば、構造躯体の施工だけをSE構法登録施工店に依頼する「建て方施工」という方法もありますので、施工会社選定の選択肢が大きく広がります。
関連記事:「SE構法はワンストップサービスが魅力!各プロセスごとに徹底解説」
まとめ
SDGs、脱炭素、ESG投資への関心の高まりもあり、宿泊施設の木造化・木質化が期待されています。
宿泊施設のような用途の建築においては、SE構法の構造躯体の強みを活かした構造設計により、コスト減、納期短縮、施工性向上を実現することができます。
SE構法は構造用集成材の中断面部材(柱は120mm角、梁は120mm幅)が標準なため、住宅と同等の部材寸法でスパン8m程度までの空間を構成できるコストパフォーマンスをうまく活用していただければと考えております。
スパンが10mを超える空間は、特注材やトラス、張弦梁などを活用することも可能です。
NCNは構造設計から生産設計(プレカット)までのワンストップサービスが強みです。計画段階からご相談いただくことで、構造設計から材料調達までを考慮した合理的な計画が可能です。
集成材構法として実力・実績のある工法の一つが「耐震構法SE構法」です。SE構法は「木造の構造設計」から「構造躯体材料のプレカット」に至るプロセスを合理化することでワンストップサービスとして実現した木造の工法です。
また構法を問わず、木造の構造設計から構造躯体材料のプレカットに至るスキームづくりに取り組む目的で「株式会社木構造デザイン」が設立されました。
構造設計事務所として、「⾮住宅⽊造専⾨の構造設計」、「構造設計と連動したプレカットCADデータの提供」をメイン事業とし、構造設計と⽣産設計を同時に提供することで、設計から加工までのワンストップサービスで木造建築物の普及に貢献する会社です。
株式会社エヌ・シー・エヌ、株式会社木構造デザインへのご相談は無料となっておりますので、ウッドショックでお困りの方もお気軽にお問い合わせください。